2012年7月22日日曜日

過去の邪馬台論争を超える、たった一枚のスケッチ



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録30:31~32頁

 《過去の邪馬台論争を超える、たった一枚のスケッチ

 「過去の邪馬台論争を超える、たった一枚のスケッチ

 図は鎌倉時代末期、元寇の約半世紀前の寛元元年(1243年)、

 肥前から中国へ渡ろうとした商人たちが、

 漂流して沖縄へ漂着したときに写生した、 

 当時の沖縄漁民の風俗スケッチで、

 その体験を記録した貴重な

 『漂到琉球国記』の巻末につけられた絵図の一部である。

 この女指揮者は間違いなく「三叉鉾」をもっている。

 それには房飾りが垂れているので、

 魚を突くための漁具ではなく、

 神の助力を祈るための象徴=聖器だとわかる。

 するとそれが<三叉鉾>であることは、キリストの十字架と同じく、

 その<三叉鉾>だけで、その神が<ギリシャの海神・ポセイドン>だと判る。

 それだけではない。

 女性が指揮者であることは、

 当時沖縄にいたことの確かなカリエン人の習俗で、

 その風貌も西方のもの、この絵が表わしている人種は、

 カリエン人とギリシャ人との混血なのである。

 さらによく見ると、

 「貫頭衣」を着て、

 断髪した頭に布を巻き『魏書倭人章』にある

 「招頭」とはどんなものだったかを眼のあたりに見せてくれる。

 その弓は上が長く下が短い倭人の弓である。

 たった1枚のスケッチだが、

 それが元禄の荒井白石から、

 明治大正の大論争を繰り返した大歴史家たち、

 そして戦後に、雨後の筍のように現われた大量の邪馬台学者の、

 その誰もが、全く立証できなかった真実の<倭人の風俗と文化>を、

 この絵は物の美事に完全に描写して、証明し厚くしているのである。


 「図」『漂到琉球国記』巻末絵図の一部
    《漂到琉球国記
    「漂到琉球国記

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
 『言語復原史学会:画像』

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