2012年7月9日月曜日

邪霊の人格化、死と豊穣の根の国の王



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録30:18頁


 《邪霊の人格化、死と豊穣の根の国の王

 「邪霊の人格化、死と豊穣の根の国の王

  これらは巨人的な性格をあらわしいる。

  天照大神に対する敵役と出雲での英雄神・文化神ぶりは全く対照的だ。

  これは別の2神が後に同一視された結果だろう。

  天で農耕をさまたげ、新嘗の神聖を穢した罪で、

  髪や爪を抜かれて重荷を負おわされて追放されるのは、

  穢れ災厄を担わされて祓われる「形代(かたしろ)」の人格化であり、

  天の岩戸の物語りでは、尊貴を殺して天地を暗くする邪霊の役割で、

  宮廷の祭儀と神話では敵役である。

  それに対し、出雲地方や、出雲と文化的に密接な紀伊地方では、

  人類に福祉を授ける恩人とされている。

  また父に根の国に行けと命じられ、高天原から根の国に追放され、

  大国主が根の国を訪れると、根の国の支配者であったり、

  木種を分布させ終えると熊成峯から根の国に入ってしまう。

  根の国は死者の国だが、一面、ニライカナイ同様、
 
  生命と豊穣の源泉だとも信じられていたらしい。

  『日本書紀』の一書に、

  追放されると青草を束にして蓑笠にし、宿を乞うたとあるのも。

  豊を根の国からもたらす「まれびと」の姿で、

  『備後風土記逸文』にある

  <蘇民将来>を訪れた<武塔神>は「わしは素戔嗚の尊だ」と名乗る。

  彼が<大気津比売>や大蛇を殺し、

  大小の須佐田を定めた(『出雲風土記』)というのも、

  本来出雲の豊穣神が、後に朝廷の祭儀で邪霊とされたもので、

  号泣したのも司祭の狂踏乱舞を写したものという。*

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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