2012年7月17日火曜日

『魏書倭人章』が保証する鉄器文化の実在



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録30:26頁

 《『魏書倭人章』が保証する鉄器文化の実在

 「『魏書倭人章』が保証する鉄器文化の実在

 私が手にした『潮干るの珠、潮満つの珠』は、

 「海幸・山幸J の主題宝器である。

 これは神話学者が神功皇后とは無関係な

 『神話』だとしてしまっていたが、

 その遺物の保管者である鹿児島神宮は、

 それを神功皇后の遺品として伝統していたのである。

 そして事件はまさに海から来た皇后軍が、

 山=姫木山に立て龍もった卑弥呼政権軍を負かして、

 壹與政権を樹立した。

 海幸が山幸=隼人を負かしたのである。

 これは『大隅正八幡縁起』にはオオヒルメが

 幼児八幡を連れて船で

 八幡崎(崎は漢音「キ」で沖縄音「チ」=ハマンチ)に着いたとある。

 これが品陀真若王で、その娘婿が応神天皇である。

 だからその皇居は

 軽の明の宮=鹿児(ル)の阿鹿児の宮=鹿児(ゴ)之国=鹿児島(神宮)なのである。

 倭の五王の応神王朝はここから出発し、

 東55 、西66 、海北95 の国々 を従えた後、

 倭王・武が 高市に入って、

 初めて大和朝廷が生まれた。

 在来の神武東征誤信に犯された大和説は、もう跡形も残らない。

 これでヤマタイ所在論争は終わるが、

 実際はこれでもまだ全てではないことを申し添えておいて、

 こうした発見が、

 さらに、

 これまで不明のままだった世界史の最古の謎に、

 決定的な答を出していることを結びとしておこう。

 それはウバイドの村落遺跡に常に存在した中央神殿の信仰の内容である。

 それはお気付きの通り、

 日=太陽を祭るものだったのである。

 『参考』
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