2012年7月20日金曜日

正確な『三韓史』



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録30:29頁

 《正確な『三韓史』

 「正確な『三韓史』

 すると<馬韓>は<マカラ>で「靺鞨(マカラ)」と書かれた国、

 インド語のクジラ・鯨のことで百済(クダラ)、串良、

 臥蛇島・ガジャジマ(鯨島=ガジャミナ・鯨=インド語)を生んだ語源。

 弁韓はベンガルで南インド人の国だと判るから、

 南鮮の国々は薩南諸島からのインド系の人々、

 ソナカ仏教徒を中心とした「倭人」移住者の国だったことが判る。

 卑弥呼の直接支配地だったといっても絶対に間違いではない。

 なぜなら卑弥呼は別名の息長帯(ソナカシティ)姫

 (蘇那曷之帯(ソナカシティ)の妻・神功皇后)で、

 明確に「帯方郡」を意味する

 朝鮮半島の領主であることを名乗っているからである。

 それは高句麗を主軸にもつ天皇家の女王だから当然の名乗りだが、

 神功皇后の記録にある彼女がソナカ(仲哀天皇)と

 共に攻略した三韓は半島ではなく薩南諸島で、

 その結果が南鮮への大移動を生み、

 三韓が朝鮮半島にあることになったのである。

 <韓・カラ>の地名は今も

 「吾平=姶良=カラ」「韓国見嶽(からくにみだけ)」

 として南九州に名残りを止めている。

 こうみてくると

 鉄鉱山のない新羅地区の辰韓が「鉄を出す」と特記されている謎が解ける。

 こちらの辰韓は、朝鮮半島の辰巳(東南)の国という意味で、同じ名をもち、

 同じ人たちが住む2つの国の報告書が混同されて引用されたために、

 南鮮に鉄山があるという記事が誤載されただけで、

 真相は種子島の豊富な鉄資源が倭人連邦人に広く使われていた記録である。

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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