2012年7月13日金曜日

大蛇退治は史実の寓話化。架空の物語ではない



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録30:22頁

 《大蛇退治は史実の寓話化。架空の物語ではない

 「大蛇退治は史実の寓話化。架空の物語ではない

 だが、

 <スサノオ>という名は、

 3000年前から実在していたことは確かである。

 また<7つの頭をもつ大蛇>はビシュヌー神の象徴として、

 古代アジアでは周知の存在である。

 <八耳>の名から偶然着想されて生まれたものではない。

 その<ビシュヌー神>も天の御中主神として『古事記』の巻頭に掲げられ、

 垂仁天皇の后妃の父・<ミチノウシ>という名乗りで周知のものだと確認できている。

 そしてその7つ頭の蛇は、仏の守護神に変わり、

 仏の光背の位置にいる像が東南アジア各地に見られる。

 その<蛇の7つ頭>は、<仏体から放射しているオーラ>であって、

 <仏そのもの>なのだから、それに<仏頭>を加えると「八頭の大蛇」になる。

 それは仏の化身である卑弥呼を指していると言っても無理ではない。

 こうみてくると、<八耳>から<八岐>が生まれたのではなく、

 <八つ頭の大蛇>が先に実在して、それを「八岐」と書いたことから

 「八耳」という名乗りが生まれたという順序になる、

 前頁の結論とは完全に正反対になるのである。

 卑弥呼は1000人もの侍女を使っていたと記録しているから、

 ある年齢達した乙女が徴兵制のように強制的に集められたとするしかない。

 これも大蛇の所業に一致する。

 その女王を位宮・垂仁天皇が倒して、

 卑弥呼に仕えていた乙女・壹與=日歯酢姫を皇后にした。

 これは稲田媛そのものである。

 どこからみても「八耳の名から連想した作り話」ではない。

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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