2012年3月1日木曜日

出雲の実体は出水。大国は倭国か俀(ダイ)国か?



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録26:5頁

 《この出雲の実体は出水。大国は倭国か俀(ダイ)国か?
 《この出雲の実体は出水。大国は倭国か俀(ダイ)国か?

 この日子穂穂手見命は「海幸山幸」の山幸彦で、山幸彦は隼人だから、

 その生活圏は、日向以南で本州とは全く関係がない。

 そして東征に出発する前の神武天皇も

 同じ日子穂穂手見命という名乗りを世襲しているから、

 これが本州の地名の名乗りだとすると、神武東征は成立しない。

 だからこの名乗りは「日子=日向(こう)」

 「穂=百済=長谷=種子島=穂手見=穂出見=穂積=

  倭百済(オホスミ)=大隅=倭隅(イスミ)=出水(イズン)」と、

 どこまで行っても鹿児島県下を指している。

 この出水はギリシャ海軍の守護神・ポセイドンを百済(ポセ)・出水(イヅン)と

 当て字したものの後半分で、

 これが倭済(イズン)→和泉→出雲(イヅン)と本州に拡大、

 分布していったことも確認ずみだから、

 『記・紀』の書く「出雲」は南九州の出水のことだとすると、

 以上の矛盾点が全部消えるので、

 これが正しいという証明になる。

 (加治木義博著『邪馬臺国の言葉』参照)

 しかし南九州が何故?大国なのか?。そこは倭国の中心だった時代がある。

 倭は南支音でゥオまたはゥオーだから、オーと聞こえる。

 大国と当て字しても不思議ではない。

 これには別の中国『正史』の記事も証拠になる。

 それは『隋書』が倭国でなく俀(ダイ)国と書いている事実である。

 それには文林郎・斐世清が聖徳太子時代に来朝した記事もあるから、

 ダイ国が実在したことは疑いない。

 ダイは大だから大国と自称していた国が実在していたらしい。

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 

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