2012年3月10日土曜日

詞(のりと)のカモロキは「鴨緑江」のこと



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録26:14頁

 《詞(のりと)のカモロキは「鴨緑江」のこと
 《詞(のりと)のカモロキは「鴨緑江」のこと

 それより、ここに始めて素箋鳴の尊の名乗りのフルネームが出てきた。

 その中の肩書きの「加夫呂伎」を分析する必要がある。

 これは祝詞(のりと)に出てくる

 カムロギ・カムロミ・カモロキ・カモロミを、カブロキと

 訛って当て字したものだと直ぐわかる。

 この不思議な肩書きは一体?何を意味しているのか?。

 それは大神の直前にあるから、熊野と同じく地名に決まっているが、

 しかしカモロキというような奇妙な地名が、かつて実在したのであろうか?

 実はそれは現在も実在しているのである。

 素戔鳴の尊は朝鮮に行き、木の種などを持って帰った。

 彼が根の国の王だったことは、根はネでネズミ=子。

 すなわち真北の国のことで、

 建は高の南九州訛りタケ、

 建スサノオとは高スサノオ=高句麗王を意味する。

 その高句麗をニ分していた巨大な大河の名は鴨緑江だ。

 この緑の古語には「ロキ」がある。

 南九州語は今でも緑青を「ロッソ・ドッソ」と発音する。

 この「ッ」は私の姓にある木など語尾の「キ」の発音で、

 緑はロッ・ロキだから鴨緑は「カモロキ」に対する当て字なのである。

 高句麗王・素戔鳴の尊は、間違いなく朝鮮王であり、

 鴨緑江水軍の支配者だった。

 種子島から紀州の熊野に亘る熊野水軍よりも、

 鴨緑江水軍のほうが有名だったから、

 鴨緑(カモロ)王(キ)であり鴨緑(カモロ)水(ミ)王でもあった。

 彼こそ「水(ミズ)=河川と大(オーミズ)水=ウミ=海」の

 支配者(ミコト)だったのである。


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