2012年3月13日火曜日

祭神の史実を知って拝むのが真の『神道』



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録26:17頁

 《祭神の史実を知って拝むのが真の『神道』
 《祭神の史実を知って拝むのが真の『神道』

 神武天皇が最大の敵・長髄彦を倒したとき、

 和解したという相手は邇芸速日・ニギ・ニゲ・ソカと

 その妻・三炊屋(カシギヤ)姫・ミカシギヤヒメ、

 その子・宇摩志麻遅・ウマシマジで、ニゲは「逃げ」と合い、

 ニギはニニギ・邇邇芸と合い、ソカはソガと合い、

 三炊屋姫は推古天皇の名・豊御食(ミケ)炊屋姫と合い、

 ウマシマジはウマシ=馬子・マジ=馬子で、蘇我馬子と合う。

 これだけ揃えば、神武天皇=天智天皇で、

 その敵が蘇我氏と女帝の国だったことは一目でわかる。

 倭(オオ)国=大(ウ)国(マ)=馬。の子=ぬシ=主。

 大国主は馬子でもある。

 神武天皇の記事は史実に基づいて書かれている。

 だからそれを使えば「史実を復元できる」ことがわかる。

 すると邇邇芸(ニニギ・瓊瓊杵)の命が

 何故?出雲でなく南九州へ降臨したのか?

 という本題の謎も少しも謎ではなくなる。

 もともと出雲とは何の関係もなかったのである。

 それは彼が天降った高千穂の峰のある霧島へ行ってみればわかる。

 そこにある旧官幣大社霧島神宮の鳥居は真っ赤に塗られ、

 社殿も白木(素木)造りではない。

 極端に白を嫌い、他の大社に付き物の白馬も置かない。

 これは敵がシラキ(新羅)王・金春秋=天智天皇だったからに、ほかならない。

 だから、こうした史実を知らずに参拝しても、祭神は喜ぶはずがない。

 拝む相手が誰かを知って、感謝し慰めつつ祈ってこそ、

 神霊も喜び、応(こた)えてもくれるのである。

 『参考』
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