2012年3月2日金曜日

なぜ?架空の「俀」が出現したか?



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録26:6頁

 《なぜ?架空の「俀」が出現したか?
 《なぜ?架空の「俀」が出現したか?

 そこには、ほとんど太子当時の官制そのままのものも記録されているし、

 以後も国使らが往復したことが記録されているから、

 それが我が国の中央政権であったことは間違いないと考えられるが、

 肝心の国名が倭でなく俀(ダイ)なのである。

 岩波文庫本などは頭から倭を間違えてと書いたとして済ませているが、

 これはそんな粗雑な扱いで済むものではない。

 この答を出すのは、そんなに難しいことではなく、ごく手短かに済む。

 それはなぜ国名を「ダイ」などと発音したのか?、

 その理由がわかるように記事が書かれているからである。

 こちらからの遣使が隋の都・長安の王宮に着き、

 高祖・文帝に政務の執り方を聞かれて、

 こう答えたと書いてある。

 「使者言う。俀王は天を以て兄となし、日を以て弟となす云々」。

 よくご注意いただきたいが、使者が「俀王」と発音したのである。

 彼は自分の王を、隋の人々向けには「ダイオー」と呼んでいたから、

 「ダイオーは……」と答えたのである。

 それは隋の煬帝はヨウダイで、

 隋の発音では大王も帝王も「ダイオー」だったからである。

 それを側で速記して記録した役人が「俀王」と書き、

 それを敬称代名詞だとは思わずに、

 俀という国の固有名詞だと思いこんだ記録編纂官が、

 国名として他の部分にも使ったために、

 俀国という実在しない架空の国名が、

 中国の『正史』の記録に残ってしまったのである。

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 

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