2012年3月25日日曜日

「神国・日本」は真実。それは何故か?


『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録26:29頁

「神国・日本」は真実。それは何故か?
「神国・日本」は真実。それは何故か?

しかし古代日本に、そんな『神託』が必要だったのであろうか?。

神功皇后は武内宿祢を神官にして、自身ピューティヤになって神託を乞い、

仲哀天皇の宿命をたずねたし、

奈良朝になっても、

和気の清麻呂宇佐八幡へ詣でて授かった神託により、

最高権力を握っていた弓削の道鏡を失脚させ排除した。

卑弥呼の倭国も、奈良朝の日本も、

一貫して国政を神託に依存していたことがわかる。

我が国の「神国」とは、この意味の神国だったのである。

では『出雲神話』と呼ばれたものは、神託と関係があるのであろうか?。

それは稗田阿礼というピューティヤが語った物語りだと『古事記』序文が断わっている。

ピューティヤこそ神託を告げる本家であり、専門家だったのだから、

答は明確で疑問の余地がない。

疑いなくそれは神託だったのである。

では、その神託の構造を調べてみよう。

『出雲神話』はスサノオの大虵退治から始まる。

この大虵は今では誰もが、

比喩の表現で架空の存在であり、

私たちはそれがスサノオと争った天照大神のことだと確認済みである。

このスサノオが卑弥呼政権を倒した山上王・位宮であり、

彼が伊久米(伊支馬)伊理毘古伊佐知=垂仁天皇であることも、

伊佐知はイサナチでイサナギ(伊声耆)だとも知っている。

そして彼が卑弥呼=倭迹迹日百襲姫の末弟・稚武彦であることも、また知っている。

『参考』
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