2012年2月29日水曜日

国譲り交渉の経過と、飛んでもない場所への降臨



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録26:4頁

 《国譲り交渉の経過と、飛んでもない場所への降臨
 《国譲り交渉の経過と、飛んでもない場所への降臨

 しかしその大物も、

 直接関係のない地域である兵庫県尼崎市に大物(だいもつ)があるくらいで、

 他にはなく、領地名とは考えられないし、

 葦原醜男にも該当する地名などない。

 醜男は軽蔑詞で、

 これは敗者への呼び名であるとするしかないから、

 アシハラだけが地名だが、

 これも出雲と同じ日本海側ではあるが山陰ではない越前に、

 芦原(あはら)がある位いのもので、

 これは「豊葦原瑞穂の国」という「国家全体の総称」であることは間違いない。

 だとすると、

 大国主は豊葦原瑞穂の国「全体」を譲った前国王だったのである。

 ではその瑞穂の国とは、

 今の日本列島全体ではありえないから、

 その内のどの地域だったのであろうか?。

 国譲りの交渉に当たった武御雷男神(たけみかづちノお神)は、

 出雲の国の伊耶佐の小浜(紀=五十田狭の小汀)に天降って大国主に迫る。

 大国主は息子八重事代主に任せるといい、

 八重事代主は国譲りを承諾するが、

 もう一人の建御名方は抵抗して負けて逃げ、

 科野の国の州羽海に追い詰められて降参、

 国譲りを承諾したので大国主は出雲の多芸志に隠棲する。

 この状況をそのまま受け入れると、

 譲った国は本州だということになるが、

 譲られた天孫・瓊瓊杵(ににぎ)の命は、まるで別世界の、

 日向の高千穂の久士布流多気に降臨する。

 そして笠紗の御前(みさき)で神阿多都比売、

 別名・木花之佐久夜毘売と

 結婚して日子穂穂手見命たちを生む。

 『参考』
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