2012年2月14日火曜日

経路外の地名分布は何を意味するか?



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録25:19頁

 経路外の地名分布は何を意味するか?

 話をイザナギの東征経路に戻すと、

 南九州から北上して大分から四国へ渡り、

 東端の阿波から淡路島へ渡ったコースは動かないことが重ねて確認できた。

 これはすでにウサギという仁徳天皇の別名でも確認済みのコースだった。

 それをイザナギの名乗り地名が、さらに重ねて立証したのである。

 当然なことだが『史実』は正しい文化財を遺すのである。

 するとその周辺に残っている関連地名は何を記録しているのだろうか?。

 それをもう一度見てみることから始めよう。

 近畿地方には

 39 伊弉諾神社(兵庫県・津名郡・一宮町)が到着点だとすると、

 そこから広がった形にみえる次の地名が分布している。

 36 伊勢 (兵庫県・芦屋市) イセはイサの南九州訛り。

 37 伊佐口(兵庫県・氷上郡・氷上町) イサコと読んでイサ木だった可能性がある。

 38 伊佐 (兵庫県・養父郡・八鹿町) 伊佐ナ王=イサナキ。」

 の3か所があり、その延長線上に、さらに中国地方に入っている

 28 石井垣(鳥取県・西伯郡・中山町) イシガキの訛化とみると石垣と同じ。

 がある。

 これらは

 九州→四国→淡路島→大阪→奈良という倭の五王コースに入るのであろうか?。


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 《参考》
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