2012年2月8日水曜日

イサナギ=伊声耆が致命傷の邪馬台国大和説



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録25:13頁

 イサナギ=伊声耆が致命傷の邪馬台国大和説

 その反対に『記・紀』が、ともに揃って、

 瓊瓊杵(ニニギ)の命が始めて天降った地域が鹿児島県下だったとしていることが、

 どんなに正しく史実を反映しているか、再確認できる。

 天も海もともにアマと発音するのは、

 奄美(アマミ)も天海と当て字できることで、

 南西諸島から沖縄海域がアマだったことを立証している。

 その海域に、

 イザナギの名乗りに最も近い伊是名島が現存し、

 その周辺から鹿児島本土に、

 それから転訛した地名が濃厚に分布していて、

 分布1の奈良県と余りにも明瞭な対照を見せている。

 これは伊声耆の記録とともに、

 「親魏倭王」と明記された卑弥呼の国・倭国とそれを継いだ邪馬壹国とが、

 「南九州」以外にはなかったことを、明確に裏付けしている。

 また神武天皇以前の歴史である『海幸・山幸』は、

 海のない奈良県では考えることもできない記事であるが、

 敗者が隼人になったという記事のとおり、

 隼人町以南の海域は伝承通りの条件を揃えている。

 なのに卑怯にも大和説論者はこれらの都合の悪い記事は無視するか、黙して語らない。

 それは実在しない邪馬臺をヤマト=奈良だと思い込んだ先入観に、

 ガンジ絡めになっているからである。

 すると大和説は日向から出発したという

 神武東征を「絶対的な史実」と認めるしかない。

 天皇家の南九州発祥には、絶対に反対できないのである。


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