2011年12月30日金曜日

『日本書紀私記』が創作した阿礼と安萬侶像



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録23:32頁

 《『日本書紀私記』が創作した阿礼と安萬侶像
 《『日本書紀私記』が創作した阿礼と安萬侶像

 ではその偽書筆者は誰なのか?。

 過去にも『古事記』偽書説は幾つも現われた。

 その1人、中沢見明氏は

 『日本書紀私記(略称・弘仁(こうにん)私記)』の筆者・多の人長だろう

 と推論している。

 その『私記』の序文には

 「稗田阿礼は天の鈿女(うづめ)の命の後」と注が付記してある。

 しかしこれが『古事記』の序文以外では唯一のもので、

 他には稗田阿礼の記事はない。

 また太の安萬侶が舎人親王と『日本書紀』を編纂したというのも、

 同じ部分に書いてあるだけなのである。

 『古事記』とこの『私記』の序文だけが、

 阿礼を作り出し、安萬侶を大物に仕立てている。

 1979年に奈良市の山の上にある茶畑で安萬侶の基と墓誌が見付かった、

 それにも『私記』が書くそんな重要な事跡は書いてない。

 ともに多の人長(ひとなが)の創作だったのである。

 そんなにまでして、

 『古事記』が天武天皇の命令で稗田阿礼という天才に記憶されたものだと印象づけ、

 『古事記』序文の信憑牲を何とかして高めたいとしているのは、

 彼の焦りの現われである。

 人長(ひとなが)が『古事記』と序文の作者だった証拠の「決め手」だ。

 隅田先生のご寄稿ご設問以来、多くのご異見が寄せられたので、

 こうして『定義』の焦点を『古事記』偽書説に当ててみた。

 以上の結論は、すでに『定義』できている。

 もちろん後にまだ多くの問題が残っているが、

 『記・紀』の実態という重大問題には答が見えた。

 今後もご熟読ご深考をお願い申し上げる。

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