2011年12月26日月曜日

定義「『古事記』は『日本書紀』を写したものだ」



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録23:28頁

 《定義「『古事記』は『日本書紀』を写したものだ」
 《定義「『古事記』は『日本書紀』を写したものだ」

 『日本書紀』は、使われている暦の種類で、後半が先に書かれ、

 前半が後から書かれたと、はっきりわかっている。

 前から順番に38年かけて書かれたものではない。

 また天皇の順位も政治勢力の圧力に左右されながら決めたことも、

 仲哀天皇の例でよく御存知の通りだ。

 後世にやっと決まった天皇の配列を、

 天武天皇に命令されて日継と旧辞を記憶した阿礼が、

 38年前に知っているはずがない。

 ところが彼が安萬侶に語ったという『古事記』の内容は、

 『日本書紀』の編集者たちが永年にわたって、ああでもない、

 こうでもないと議論を重ねた末に、やっと決まった天皇の配列と、

 ぴったり同じ順序に書かれているのである。

 いかに超能力者でも絶えず霊感が働くことはない。

 28才で暗唱した阿礼が、70才近い老齢になって語った記憶が、

 その時その時の政情で揺れ動きながら編集されて行った

 『日本書紀』の内容と同じであるわけがないし、また『古事記』の内容自体、

 『日本書紀』を非難し是正するために、

 わざわざ作られた「反『日本書紀』文書」になっている。

 さらに決定的なことは、耳で発音を聴いたのなら、

 インがオノにかわる道理がない。

 インギーラとオノゴロの関係は、

 磤馭盧(インギョラ)という当て字がなければ絶対に生まれない。

 だから『古事記』は阿礼が語ったものではなく

 『日本書紀』を写したものだと、

 断定するしかない。

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