2011年12月24日土曜日

安萬侶は本当に阿礼の話を聞き書きしたのか?



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録23:26頁

 《安萬侶は本当に阿礼の話を聞き書きしたのか?
 《安萬侶は本当に阿礼の話を聞き書きしたのか?

 以上は、大きな問題の定義だが、

 次はそれらの細部の定義について考えてみよう。

 たとえば

 「磤馭盧(インギョラ)を淤能碁呂と誤訳した」という定義から、

 さらに何かを定義できるだろうか?。

 『古事記』序文は

 「稗田阿礼が記憶した物語を、太安萬侶が聞き書きしたのだ」というのが、

 これまでの定説になっているが、

 それが正しいか、どうか?から考えてみよう。

 『古事記』序文は

 「稗田阿礼の誦(よ)む所の勅語の旧辞を撰録して献上」したと書いてある。

 在来は、この「旧辞」が阿礼が記憶した物語で、

 「誦む」が、それを暗唱した物語を、口で語ったことだとしてきた。

 だとすると安萬侶は文字を見たわけではない。

 耳で阿礼の物語る発音だけを聞いて、メモって、

 後で「撰録して=選り分けて書いて」

 『古事記』に仕上げたというのである。

 それなら「オノゴロ」という島の名は、

 安萬侶が磯駁鹿(インギョラ)という文字を見て

 オノゴロと読み間違えたのではない。

 阿礼がそう記憶していたことになる。

 すると『古事記』は

 『日本書紀』より後に『日本書紀』を写したものだ、

 という定義は成り立たなくなる。

 しかし『古事記』序文はウソで満ちていて、

 その証拠は幾つも重なりあっている。

 それをよく確認して始めて、先の定義が確立するのである。

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