2011年12月29日木曜日

『古事記』筆者は安萬侶よりはるかに後世の人



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録23:31頁

 《『古事記』筆者は安萬侶よりはるかに後世の人
 《『古事記』筆者は安萬侶よりはるかに後世の人

 いま我が国には「稗田」姓が現存している。

 それは女性だけの代名詞ではないこの人々は稗田阿礼の子孫ではないのか?。

 この答ははっきりしている。

 彼が序文の通り舎人(とねり)であり、語り部の主要人物だったのなら、

 稗田一族は何らかの文献に記録が残っているはずである。

 それはもっと名も無き故人や、辺地の人々でさえ記録されていて、

 彼ほどの有名人の子孫が記録に無いということは考えられないからだ。

 だが現実には稗田一族は皆無である。

 わずかに光仁天皇第3皇子が、ただ1人、

 草冠(かむ)りのついた稗の字のヒエタ親王と呼ばれているだけである。

 だがこれはギリシャ、ローマ語の「ピエタ=詩」であって、

 ピューティヤは詩のような神託を語る者を意味するから、

 稗田阿礼は姓名ではなくピューティヤの方で、

 稗田姓は「詩人」を意味する別の姓氏なのである。

 巫女の子孫が稗田姓を継いでいるのではない。

 また沖縄の霊能者や巫女の「ノロ」は「述べる」という意味である。

 勅語をミコトノリという「宣(の)り」なのだ。

 こちらは明瞭に「神託を宣る人=ピューティヤ」なのである。

 しかし大和では天智天皇の革命以後、倭国のピューティヤはいなくなった。

 しかし後世人の『古事記』の筆者は、詩人イコール=語り部だと想像して、

 思い付きで稗田阿礼の当て字を利用した。

 その当て字の真意がわからず、

 ミスを犯した彼は、安萬侶よりはるかに後世の人なのだ。

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