2011年12月25日日曜日

『記・紀』冒頭部分の一致は奇跡か?



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録23:27頁

 《『記・紀』冒頭部分の一致は奇跡か?
 《『記・紀』冒頭部分の一致は奇跡か?


 『日本書紀』は先述したように、38年かけて、やっと完成した正史だった。

 ところが、安萬侶は、それとほとんど同じものを

 和銅四年九月十八日に命令を受けて、

 和銅五年正月の二十八日には完成した『古事記』を上呈した。

 4か月と10日という猛スピードである。

 この『日本書紀』と『古事記』の内容を比較してみよう。

 『日本書紀』は、天地が初めて生まれたあとに、神々が生まれた、

 その最後の2神をイザナキ・イザナミの夫妻だとして、

 この2神が「天の浮橋」の上に立って

 「天の瓊矛」海にさし下ろして探ると、

 矛からしたたり落ちた潮が凝って1つの島になった。

 その名を磤馭盧(インギョラ)島というと書いている。

 『古事記』は神名が違うだけで、

 天地が生まれ、神々が生まれた最後の神を、

 イザナキ・イザナミの2神とすることも、

 2神が「天の浮橋」に立って、

 「天の沼矛」をさし下ろして畫けば塩が音をたて、

 矛を引き上げると矛先から垂れ落ちた塩が累積して

 島になったことも全く同じである。
 
 その島の名が磤馭盧(インギョラ)ではなく

 淤能碁呂島だと書いているのが違うだけだ。

 しかし『日本書紀』は元明天皇でさえ、

 養老四年五月二十一日に初めて見たのだ。

 なのに稗田阿礼は完成後の『日本書紀』の書きだしの部分を、

 38年も前に細部まで透視し、暗記していたことになる。

 それなら安萬侶はなぜ?この「大奇跡!」を、

 特記しないのだろう?。

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