2011年12月15日木曜日

国辱もの、矛盾だらけの旧式神話観



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録23:17頁

 《国辱もの、矛盾だらけの旧式神話観
 《国辱もの、矛盾だらけの旧式神話観


 しかし、以上の結論を、

 『神話』を否定して神を冒涜した暴論だと思う人がある。

 どちらが正しいか?。

 あるいは、どちらが私たち日本人のためになる、のであろうか?。

 在来の考え方どおり、はるかな太古の神代に、

 伊弊諾尊・伊弉冉尊の22神が、

 淡路島から「国生み」を始めたのなら、

 列島の中央部は天皇家が確保できているのだから、

 その直系の子孫である神武天皇が、なぜ南九州の片出舎にいたのか、

 なぜそこから、はるばる遠征して、もう一度、近畿を首府にする必要があったのか?。

 また天皇は、その先祖の作った土地の中でも素晴らしい

国のまほらま」大和のことを全然、知らないでいて、

 塩土の老翁に

 「東に美地あり、天下の光宅である。どうして都にしないのか」

 と教えてもらって始めて兄と相談して東征を決めたというのである。

 では、いったいどうして祖先の神が作ってくれた大和の国を、

 誰に、いつ取られてしまったのか?。

 まことに情けない疑問が次々に生まれてくる。

 それだけでなく、瓊瓊杵(ニニギ)の命がナゼ?近畿でなく、

 南九州の高千穂の峰なんかに天降ったのか?。

 それに続く日向神話はなんなのか?。

 大国主が譲った国はどこだったのか?と、

 『日本神話』全体が、

 不合理な疑問に満ちたものに見えてしまう。

 知性の低かった明治以前ならともかく、

 現代人には旧式の『神話』観は、国辱ものでしかない。

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