2011年12月27日火曜日

稗田阿礼への疑問はピューティヤが解くか?



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録23:29頁

 《稗田阿礼への疑問はピューティヤが解くか?
 《稗田阿礼への疑問はピューティヤが解くか?

 では、なぜ?

 『古事記』筆者は、稗田阿礼の語りによるものだと断(こと)わり、

 長文でわざわざ彼の天才ぶりを賞賛したり、

 年齢まで28才だったと書いて、

 彼の存在を特筆大書してまでアッピールしたのであろうか?。

 それこそ、『日本書紀』丸写しの事実を隠蔽するという、

 深刻、かつ不可欠の理由があったためだとしか考えられない。

 天武天皇が阿礼にそんなに重要な任務を任せたとすれば、

 それこそ「天武天皇紀」に特記されているはずである。

 ところが川島皇子らの名は見えるが、

 最大の責任を負わされた重要人物であるはずの阿礼の名はない。

 私たちはすでに稗田阿礼というのは、

 ピューティヤヘの当て字に過ぎないことを突き止めている。

 卑弥呼自身がその代表者であり、

 ギリシャ系の人々の間では日常的に使われていた名詞である。

 「日照・ヒーテイ」→ヒナテイ→「夷鳥(ひなとり)」という当て字も

 沖縄人や大隅人ならピューティヤの訛りだと判る。

 また現実に沖縄にはノロなどの女性宗教家が現存し、

 月桂冠を頭にして古代ギリシャさながらに、

 ピューティヤ業務を盛大に続けている。

 またテレビで活躍する女性霊能者もその流れであることは一見してわかる。

 天稚彦の話などに様々な鳥が重要な役割りを果たしているのも、

 この事実を重視しなければ正しく判読はできない。

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