2010年11月30日火曜日

精密に残っていた私たちの祖先の足跡

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:18頁

以上の事実を、これまで我が国でも世界でも、

単なる『神話』と誤解していたために、

昔のアメリカ・インディアン並みにしか

見られていなかった私たち日本人を、

立派な古代史を記録していた偉大な文明人の子孫だとして、

認識を改めさせる壮大なキッカケになったことも、

ここでもう一度、よく認識しておいて戴きたい。

それは世襲のほかにも、

私たちに幾つものことを教えてくれる。

それは伊是名島と淡路島とに分布していたから、

「地名」が名乗りになったことを証言している。

それなら伊声耆はどこの王だったのだろう?。

これもすでに鹿児島県の伊佐郡だったことがわかっている。

それは「伊佐ン王=イサのキ」という南九州方言化したものだった。

これでこの名乗りは地域によって、

その土地で使われている発音に変化するために、

始めは沖縄で「イジナギ」だったものが、

鹿児島でイサンギになり、

淡路島でイザナギに変化したことも理解できた。

それならまだ多くの同じ名乗りが、

どこかに地名として残っている可能性がある。

調べてみると次ページのリストのように、大量に見つかった。

それは、この名乗りをもつ王たちが、

移動した足跡を記録していることは疑いない。

それこそ『記・紀』などが書くことのできなかった、

真実の天皇家の足跡であり、

私たちの先祖の本当の歴史だったのである。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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