2010年11月21日日曜日

3千年前の「凄い大文明国・日本列島」

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:9頁

このほかに「科学的結論」として、

発掘文化財の形状比較のような小さなものではなく、

例えば北緯36度線にある

古代中国・殷の帝都遺跡・殷墟から、

正確に真東に2200kmの所に、

茨城県稲敷郡の福田貝塚があり、

そこから出土した

縄文土器「人面注口器」と

殷墟から出土した青銅の「人面盉(か)」

との形態と装飾モチーフとが、

実に多数の一致点をもち、

同じ信仰をもつ人たちが双方に住んでいて、

互いに存在を知り、

その出土品には深い意味があったことがわかる。

それは殷都から日の出を拝むと、

その彼方にある尊い聖地を拝むことになるが、

そこはまさに「日の立つ場所」である、

その地を今も「日立」と呼び、

祭場を「イナシキ」と呼んだ、と考えると、

稲敷とは「殷の式場」が真意で、

故人と皇帝が儀式を行なった場所、という地名だとわかる。

すると双方から発見されたこれらの遺物と日本語群は、

殷人が日本からの移住者であり、

二つの器具は儀式に用いる聖器だったことが明瞭に確認できる。

こういった反論の余地のない科学的結論が、

すでに確立しているのである。

こうした遺跡が直線で結ばれている事実は、

13才の私が最初に古墳の直列を発見したもので、

霊域を結ぶ線という意味で

レイ・ラインとして海外に報道され、

英国の酒造家A・ワトキンズらの大宣伝で、

全世界の学者が注目、

多くの発見で人類の史実復元に大きな役割を果たした。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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