2010年10月28日木曜日

鉏友の名が語る旧卑弥呼政権の東遷コース

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:9頁

だから、その鉏友の名乗り大倭日子(『古事記』)は、

『日本書紀』が書く「大日本彦」のほうが「オカモトヒコ」と読めて、

大日如来=ウカノミタマの化身・岡の大王を意味することがわかり、

岡山というのも、その中心=大本山を意味する地名だとわかる。

しかしこのことだけでも、

卑弥呼の男弟勢力=九州と朝鮮半島にまたがった倭国連邦の、

いわゆる卑弥呼政権が、

垂仁天皇・位宮と壹與の邪馬壹国新政権に倒されて追われたあと、

山陽経由で東遷したことが、

詳細に証明されている事実を、よく記憶する必要がある。

では残る名乗り「鉏友」とは何を意味するのか?.

鉏は古音「サカ」で佐賀と同じものだから伊都国付近を意味する。

またその「サカ」が、この人たちの集団の出発点を示すことは、

「サカ⇒サタ」について本講でも詳しくお話しした。

「友」は「トモ」という発音の地名だから、

広島県の東瑞・福山市の鞆(とも)の浦で、

その鞆は応神天皇の幼名「大鞆別」にも合うし、

すぐ目の前に皇后島という小島もあるから、

天皇の遺跡にふさわしく、

現実にその皇后とは神功皇后のことだ上いう伝承が、

そのあたりの瀬戸内一帯に分布している。

これで宇佐から四国⇒淡路島と進んだ倭の五王系と、

それ以前に山陽経由で東へ先行した卑弥呼系と、

それを追った邪馬壹国系の、

複合した東征の実情がご理解いただけたと思う。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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