2010年10月2日土曜日

本牟智和気もスサノオのモデル

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録11:13頁

これと同様に、

スサノオの命の実体も、

このギリシャ神話との関連確認が済めばわかる。

それは垂仁天皇皇子の本牟智和気が、

スサノオと全く同じ伝承で語られているからである。

スサノオは割り当てられた海原を治めないで、

母のいる根の堅州国に行きたいといって、

「八拳須(やつかひげ)(八握りもある長く伸びた顎鬚(あごひげ))が

心前(胸の前)に垂れるようになっても」

山の草木が枯れ、海も河も干上がるはどに、

泣きわめくばかりだった。

本牟智和気王も

「八拳鬚(ひげ)が心前に至るまで真事(まこと)とわず(話さなかった)」、

父の垂仁天皇(位宮)が心を砕いて、あやしたり遊楽に連れ出しても、

少しも喜ばず口をきかなかった。

スサノオは八俣大蛇を退治たので有名だが、

本牟智和気もまた檳榔の長穂の宮に移った後、

肥長比売と結婚したが、

戸の隙間から姫を覗き見すると何んと正体は蛇だった。

驚いて逃げ出したが、蛇は怒って追って来た。

そこで船で海へ逃げたが、

大海原を照らして輝きながら追ってくるので、

とうとう船を担がせて山を越えて逃げて、

やっと捕まらずにすむ。

スサノオの勇ましさとは正反対の話になっているが、

蛇と争ったという、そのモチーフはちゃんと揃っている。

これを史実に照らしてみると、位宮は卑弥呼と戦った。

八俣大蛇は卑弥呼と仏教を象徴しているから、

この部分のモデルは位宮で、父子で世襲したことがわかる。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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