2010年10月20日水曜日

根本から異なる言語復原史学と在来史学との格差

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録11:31頁

この大学講座は、

もともと、会員が論文をお書きになる際、

どう表現するのがいいかという講座である。

文体や配列などについては、

もう一通りご覧いただいた。

しかし論文そのものの本質は書体や言い回しとは無関係で、

その実質が充実していなければ何にもならない。

では実質とはどんなものか?、

私たちの言語復原史学の実質とは、

動かぬ証拠群によって史実が何処まで復元できるかということである。

今回はそれを、

これまで見てきた倭の五王を主題に、

さらにあらゆる角度からみた証拠群で補強するという形で、

すこしくどいが過去の知識にさらに新しいものを加えて、

実例を挙げ、実地に追及してご覧に入れた。

在来の、我が国の史学界で取られてきた明治以前からの手法。

他の学者の論説を紹介してそれを取捨選択して

「私は、これが正しいと思う」

という個人的主観を並ペるという手法は、

他の学者から

「それは貴方だけの独断だ。私はこちらが正しいと思う」

という反論が幾らでも出てきて混乱を生むだけだった。

それは古文献の文言が、

例えば非常に破究が進んでいると思われている

『万葉集』でさえ、

これが絶対だといえる読み方はまだ確定していないからであり、

もっと身近な実例は、

研究が最も進んでいるはずの、

卑弥呼が治めた国名でさえ、

今頃まだヤマタイコクなどと呼んで平気でいる

大家?がいるという惨状を呈している。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト
コメントを投稿