2010年10月17日日曜日

応神以前の為政者も神話でなく史実の人たち

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録11:28頁

位宮の名は、

ヨーナの原音・イオニアのイオンの意味である

「行く」に対する当て字の、

位宮(イク)だと前にお話しした通り、

それも個人名ではなくイオニア王を意味する名乗りだった。

その伴侶であった壹與は、

『三国史記』では、

新羅始祖王・赫居世居西干と記録してある。

この「居西千」はイセカンだから

「伊イ 勢セ 神カン」である。

これは卑弥呼と壹與が、

天照大神と豊受大神だという仮説の正しさを証明している。

この2大女神はいうまでもなく

三重県の宇治山田市にある伊勢皇太神宮の主神である。

しかしなぜ天照大神というのか?。

『三国史記』では、

新羅の王称を尼師今(ニシキン)とも書く。

これは日本語である

「尼の師の君(きん)」への当て字だから

尼 寺師 倭 女君

天 照す 大 御神 なのである。

続く新羅王は南海次次雄だ。

この次次雄は朝鮮語発音では

「ススウ」で、

これに助詞のヌを入れると「ススヌウ」。

これはスサノオの沖縄発音

「ススヌウ」とぴったり一致する。

本号で先にお話しした

『後漢書』の倭王「帥升」はスィサヌウで、

スサノオへの当て字以外には考えられない。

応神天皇以前の天照大神や垂仁天皇=位宮が実在者であったことは、

このように『記・紀』以外の

『三国史記』や『後漢書』にも明記されていて疑問などない。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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