2010年10月15日金曜日

孤立・戦争・亡国を生む『記・紀』編纂のツケ

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録11:26頁

淡海の三船は

それにさらに允恭(いんぎょう)と漢風諡号(おくりな)した。

「イン=居ん」であり、「インギョウ=隠形」である。

これで彼もまた、

この時の政権交替の実情をよく知っていたことがわかる。

この例だけでも充分みえるように、

『記・紀』は、

たいへんな敵味方を親子だとして平気でいる『正史』なのである。

繰り返すが、

それはあくまで対中国向け宣伝文書だったから、修飾だらけである。

その最大の強調点は天皇家政権の歴史の長久を相手に印象づけることで、

それは必然的に建国を古く見せようと

神武天皇即位を紀元前660年にし、

それ以後、政変は皆無の「万世一系」だとした。

そのため敵であった卑弥呼と崇神天皇もその中に組み込み、

内戦に明け暮れた

景行天皇も

仁徳天皇も

欽明・敏達天皇も、

天智・天武天皇も、

みんな引っくるめて万世一系にしてしまった。

それは確かに国策上は重要なことで、

責めることはできないが、

それが正確な歴史でなく、

いかがわしい作り物だというボロが至る所で出ている。

そんなものを明治以降の国家主義者らが悪用して、

国策だと津田左右吉氏らの『記・紀』批判者を弾圧したが、

極端な天皇制ナショナリズムが全人類に爪弾きされるのは当然だから、

大日本帝国は必然的に孤立無援に陥いり、必然的に崩壊してしまった。

天武天皇らの小細工が、早かれ遅かれ天皇家政権を潰す宿命を、

重くみじめに背負わせていたのである。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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