2010年10月6日水曜日

沖縄でのギリシャ人の移動拡大を記録した地名

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録11:17頁

だからそれは日本列島における

ギリシャ人居住の最初の遺跡でもある。

沖縄列島の最西端は日本の最西端である、

そこを出発点として、

日本列島の中に残っている

そのパーリ語圏とギリシャ語圏の移動拡大の跡を、

フリップ化してたどってみよう。

1   与那国島 ヨナグニジマ その東、約200kmの宮古島と那覇市の                 隣り南風原(ハイハラ)村に

2、3 与那覇  ヨナハ    という2つの字がある。その東隣りが

4   与耶原  ヨナハラ   町だ、広さは4平方kmだが人ロは                   12000人を超える。

5、6 与那城  ヨナグスク  はその北隣りの西席村の字(あざ)と、                 その北東20kmにある半島

このうちの与那原で、後の邪馬壹国女王壹與が即位したことも、

すでによくご存じである。

それは『三国史記』が新羅始祖王の赫居世として壹與を記録し、

彼女が<徐那伐>で即位したと記録しているが、

これは<ヨナバル>という発音で、

<与那原>を北九州語で発音したものに

朝鮮語で当て字したものだからである。

このことは他にも多くの証拠を残している。

壹與が新羅の初代女王だということは

神功皇后の関係記事が真実である証拠であり、

彼女らがパーリ語を話したこと。

赫夜姫と重ねると彼女は金髪のギリシャ人だったこと。

などなど……。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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