『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録09:22頁
ではその「名替え」とは、
ただ「誉(ポ)む都(トス)」を「誉(コ)ン田(タ)」と、
無理やりに読み替えさせただけのものだったか?。
実はその実態と真相、
さらに<倭の五王>を生んだ
応神王朝=大和朝廷の実像を教えてくれるすばらしい文化財とがある。
それは応神天皇をめぐる系譜なのである。
この系譜は『古事記』に掲載されているので、
1300年以前からわかっていたものである。
しかしその謎は私たちの「言語復原史学」による発見、
これまで当人の死後つけた
贈り名=諡号だと断定され教えられてきた人々の名が、
実は生前から使われていた称号であり名乗りだったのだという真相を、
明確に認識しなければ絶対に解けない謎だったのである。
その答は応神王朝が本来は女王国家であったことを鮮やかに立証しているし、
それが『記・紀』の虚構性とその理由をはっきりと説明してくれるし、
いまお話ししたその伊奢沙(イザサ)和気の大神の命とは誰だったのか。
<名替え>とは何だったのかといった、
より細かい部分まで改めて詳細に理解させてくれる。
これまで次々に明らかになってきた<イサナキ>という名の世襲ばかりでなく、
倭の五王の名の世襲や経路もまた、
さらに組織だって明確にわかるようになる。
系譜は一見なにか繁雑に見えるが、
よく注視すれば実に偉大な文化財で
我が国の建国史復元に欠くことのできない
貴重な文化財だったのだと、
改めて深くご認識していただけると思う。
『参考』
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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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