2010年6月4日金曜日

実在した天照大神の社(やしろ)をもつ倭王・珍の都「津名」

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録08:24頁

次の「津名」はパーリ語では「tuna 桂」のことである。

『国生み』のところでお話ししたように、

伊弉諾(イザナギ)・伊弉冉(イザナミ)は天の御桂を立ててその周りを回る。

津名の名は、その御柱を意味している。

沼島にある立神岩もその御柱だが、

それだげではなく、津名そのものが巨大な御柱だったのである。

御柱とは「国家のセンター」を意味していたのだ。

そしてツナは沖縄発音だと「チヌ」。

倭王・珍の本領だったことがわかる。

大阪湾がチヌの海と呼ばれたのは、

淡路島の津名からみた大阪湾をチヌの海と呼んだ名残であって、

紀伊はチヌが語源でも、キノ国になった発音変化後の紀州からでは、

大阪湾にはチヌの名はつかない。

なぜなら友が島などの島々が大阪湾と紀淡海峡を

区切っていて和歌山は無縁だからである。

それでもまだ一歩譲って、命名したと仮定してみても、

その場合は「キノ」であってチヌにはならない。

どこからみても「チヌの海」は、津名が主体の名だったのである。

チヌが沖縄語ではテンの発音変化で、

「天」を意味することは常識だが、

その津名町には天神社があり

『延喜式』にまで記載されている古社であることは前にもお話しした。

これも津名が「天」であることを明確に証明している。

だから当時の天照大神がいたのは津名だと断定して間違いない。

天神はその略称で、本来の釧み方は「アマツカミ=尼津上」である。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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