『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録08:23頁
以上で、
神勅の豊葦原瑞穂の国も、天孫降臨とは何であったかも、
その時期もわかった。
それは在来の解説が唱えたような神話ではなく、
現実にあった有史時代の史実だった。
さらにその変動がどこまで波及したかもわかっている。
またこれで、天孫降臨は従来いわれてきたような
「天皇政権正当化用の作り話」でもなかったことの確認もできた。
ではこの天孫降臨という史実の細部はどんなものだったか?。
なぜそんな国土回復が企てられたのか?。
主人公の瓊瓊杵(ニニギ)の命や天照大神とは維だったのか?。
考証に入ってみよう。
豊葦原瑞穂の国の範囲が詳細にわかり、時代もはぼわかったから、
それは倭王・済の反正天皇か倭王・興の安康天皇以後の統治圏だとわかる。
そこへ天から降臨するというのだから、出発点は天の国。
テンかチヌかアマのつく地名のあるところである。
それなら大阪湾の対岸にある。
前にもお話しした
倭王・珍(履中天皇)や倭王・済(反正天皇)の基地だった淡路島で、
そこにはアマ(阿万=南淡町)があるし、
津名郡のツナがチヌであることもご存じの通りである。
これらの地名が古代からのものであることは、
『記・紀』に「淡路の海人(あま)」という名があることでも確認できる。
これらの天は海女であり尼でもあって、
それは建国史解明の最強の切り札=「卑弥呼の仏教女王制」社会が生んだ
歴史的な産物だったのである。
『参考』
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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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