2010年6月16日水曜日

綱敷(つなしき)天神とツナ政権の移動ルート

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録09:8頁


この志筑天神の前に<津名>を置くと津名志筑天神になる。

ツナシヅキ天神という発音を聞くとすぐ比較したくなるのは、

綱敷天神である。

大阪では阪急梅田駅のすぐ東隣りにあるし、

神戸市の須磨区にもある。

その名の由来はどちらも

「菅原道真が太宰府へ流された時、休憩するのに、

牛を引く綱を座布団代わりに敷いたから

「綱敷き」という名が生まれたのだ」と書いてある。

しかし牛を引く綱は細く長さも短い。

とても座布団代わりにはならない。

結局ツナシキに近い名の天神社の説明に困って、

無理やりコジツケたお粗末な言い訳でしかない。

本当の祭神は<志筑天神>こと

<津名之王(つなしき)=倭王・珍>以外にはありえない。

珍は梅田や須磨などに社を残していた。

それが<道真の社>と誤解されながらも現代まで生き延びた。

それは間違いなく<志筑天神の分社>だったのであり、

倭王・珍の勢力を立証する貴重な遺跡だったのである。

これらの<ツナ>の移動経路はどうなっているか?。

沖縄の<ウチナ>=<大天>を出発点とすれば、

鹿児島県沖永良部(おきのえらぶ)島に<知名(チナ)町>があり、

熊本県水俣市の北に<津奈木(ツナ王)町>がある。

ここは対岸に天草(あまくさ)の<御所の浦島>があり、

その向うには<栖本(すもと)町>がある。

これらで<洲本市>のある淡路島の地名のルーツだと一見してわかる。

鹿児島の加世田市津貫(つぬき)、

福岡添田町の津野、

山口県の都濃(つの)郡、宇和島市の天満、

徳島阿南市の津乃峰町などもその遺跡だという名をもっている。


『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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