2010年6月11日金曜日

倭王・讃=仁徳天皇=ウサギ

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録09:3頁

倭の五王の名乗りは五人ともほぼ共通しているが、

最後の一字だけが異なって、

讃、珍、済、興、武に分れているので、

在来はそれが個人名だとされてきたこと、

その一字も私たちの個人名とは違っていて、

新たな支配地名を用いた名乗りだったこと、

それがそれぞれどこを意味していたかなどは、

これまでにすでに精密に検討を済ませているから、

ここではその「個人用の名乗り」を、

さらに詳しく解読することから始める。

讃は漢字音のまま<サン>と読むという説と、

<讃>に該当するのは<仁徳天皇>で、

その名は<大雀>または大鶺鷯と書いて<オオサザキ>と読んできたし、

讃良皇女は<ササラ皇女>と読むから、

<ササ>と読むのだという説とに分れている。

どちらが正しいか?検討してみよう。

倭王・武の上表文を分析すると、

その視点が大分県北部の<宇佐>あたりにあったことが確認できている。

また四国東岸の徳島・香川両県は、古名が阿波・讃岐だから、

<アワ=淡=オオ>で<オオ・ササキ>とも読める。

だから<宇佐>から四国東岸までが<仁徳天皇>の

勢力圏だったことは間違いないことを、

すでに本講ではさらに他の多くの物証を加えて確かめてある。

またこの2地域の間に愛媛県に<大三島神社>があり、

その<祭神は大山祇の神>だが、

<オオ>は沖縄~大隅発音で<ウ>だから、

<大山祇>も<阿波・讃岐>も<ウサンギ>と読め、

<大三島>もウサシマと読める。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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