2010年4月2日金曜日

いま初めて解った『国生み』の真意

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録05:12頁

もとは上下2つの立神岩があったが、下立神岩は崩落して今はない。

上立神岩だけが沼島中央部の東海岸の海中に、

今も古代の姿をとどめて、大阪湾を背に立っている。

その真東の対岸は和歌山県日南市「日方(ひがた)」である。

この地名の対照からみて上立神岩は、

伊勢の二見(ふたみ)が浦の夫婦(めおと)岩と同じ性格の、

太陽を崇拝するシンボルだったことがわかる。

すると上下ー対(つい)の立神岩も本来は夫婦(めおと)岩だったのであり、

それが伊弉諾(イザナキ)・伊弉冉(イザナミ)の2神を表現する象徴であり、

だからこそ夫婦の道を説き、

女性上位では国土獲得は難しく国家の経営と永続は

期待できないという統治哲学などを教えつつ、

国土や3貴子を生む物語りの母胎になったことが、容易に推理できる。

そればかりでなく、

これまで不明だった、二見(ふたみ)が浦の夫婦岩の真意も、

皇大神宮の本来の信仰の性格もわかり、

淡路島から伊勢までの天皇家の血統に至るまで、

その真相と繋がりがみえてくる。

また仁徳天皇陵から伊勢に至る遺跡の直列とも

淡路島が深く関わっていることも見えてくる。

「写真」上神立岩

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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