2013年1月5日土曜日

日本語の定義を変えた古代都市



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録37:6頁

 《日本語の定義を変えた古代都市
 「日本語の定義を変えた古代都市

 これまで主題だったスサノオの故地・スサはフジスタン地方にあって、

 アケメネス王朝の永田町=中央政庁の所在地。

 真の首都といえる新市だったが、

 国王は冬は暖かいバビロンにある冬宮に居り、

 夏はエクバタナ(元メディア王国の首都)の夏宮に居るという状態で、

 王の宮殿がある所が首都だとすれば、五つの首都があったことになる。

 もう一つの首都は王朝の開祖・キュロス2世が建設し、

 代々の王たちが即位式をした都で、

 天皇家の京都にあたる儀式用都市・パサルダガエ(パルサ)。

 そこから45kmの位置に、

 さらに建設されたのが

 ペルシャの国名のもとになった最大の都市・ペルセポリスで、

 ここは外国からの客を迎えるための外交、交易用に、

 いろいろな工夫が凝らされている。

 たとえば都市の玄関に当たるのは西から東へ昇る階段で、

 朝日に向かって登らされる仕掛けになっている。

 すでに我が国の「日の国思想」と無閑係ではないことがわかる。

 昇りきると大広間があり、

 正面に石造牡牛座が2頭、

 左右対照に置かれている。

 神社の狛犬と同じ発想だ。

 壁面には古代ペルシャ、アッカド、エラム3語で、

 「余、クシャヤールシヤン王は

  アウラマツダ大神のご命令に従い、この万国殿を建造した」

 という碑文が彫ってある。

 またこの宮殿の基礎の石面には

 朝貢にやってきた国々の使節と献上物が延々と彫られている。

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

 『参考』
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