2012年11月24日土曜日

スサノオの樹種(こだね)の記事は神話でなく史実



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録35:19頁

 《スサノオの樹種(こだね)の記事は神話でなく史実
 「スサノオの樹種(こだね)の記事は神話でなく史実

 言語以外の証拠はまだある。

 それはスサノオ父子の「樹種(こだね)」の子孫である。

 『日本書紀』にある一書には

 「五十猛命が天降った時、多くの樹種をもって下ったが、

  韓地には植えず、ことごとく持ち帰り、

  筑紫から大八洲中に播かない所はなく青山にした」とあり、

 その次の一書に、

 前記のスサノオの「浮宝」の話が載っていて、

 杉と楠は船に…、

 檜は家屋に…、

 槙(まき)は死者を葬る棺材にせよ。と命が言う。

 この杉と楠と檜と槇は今も我が国に現存しているが、

 全て列島古来の野生種ではなく、

 外部から持ち込まれた輸入品を栽培し続けていることが判っている。

 『日本書紀』のこの記事が真実だという生きた物証なのである。

 それが非常に古い時代の史実だという物証もまた、大量に残っている。

 それは鹿児島県の屋久島に聳える古代杉の一群だ。

 宮の浦岳登山道の高塚山付近にある縄文杉は、

 その樹齢3000年を超えると測定された古木で、

 ここ以外にそんな樹齢の杉はない。

 1000年以下の杉は「小杉」と呼ばれて、

 それ以上の木が屋久杉と呼ばれるほど老木が多いので、

 この島の杉がスサノオらが最初に植林した遺跡だということは間違いない。

 このスサノオの話は神話ではなく史実だったのである。

 その証拠に鹿児島県下には粟野の松尾城址などに、

 杉の巨木が天を衝いて聳えているのが現実に見られる。

 それはフェニキヤ文明の到来が3000年以上前であったことを、

 今も立証し続けている動かぬ証拠である。

 『屋久島縄文杉

 『屋久杉

 『

 『

 『

 『

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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