2012年11月15日木曜日

登呂遺跡の名はトロイヤ人の居住記録



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏
 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録35:10頁

 《登呂遺跡の名はトロイヤ人の居住記録
 「登呂遺跡の名はトロイヤ人の居住記録

 その伊豆半島の西の対岸にある静岡市の、

 JR静岡駅の南2キロほどの一帯に弥生時代の広大な特別史跡・

 登呂遺跡(約160平方キロ)がある。

 その地名はトロイ戦争という名で知られてきた

 ギリシャ史に名高い国名と同じ地名なのである。

 トロイというのは英語読みの略称で、正しくはトロイヤだったのであり、

 語尾のイヤはギリシャ語の「国・地域」という名詞だから、

 本来の国名は「トロ」だからである。

 取手市だけがギリシャ人の遺跡ではない。

 その登呂遺跡の東北に隣接して清水市の草薙がある。

 ここは倭建命の革薙の剣伝承で有名な地名である。

 倭建命の物語は

 トロイ戦争最大のヒーロー=アキレウスの物語と多くの共通点をもっているから、

 ここへギリシャ系の海人が住んだことは間違いない。

 そして彼等は倭建命の伝承通りに房総半島を北上している。

 『日本書紀』は日本武尊=倭建命が相模から上総へ行こうと船出して

 「馳(はし)り水」という海域で暴風に遭い、

 后の弟橘姫が投身して暴風を鎮め、

 命たちを救ったという一節がある。
 
 これらを一人の武尊の歴史だとするのは無理だが、

 こうした伝承を生んだ史実があったことは、

 これらの地名や遺跡の分布からみて、

 間違いなく真実だったと認めるしかない。

 『日本書紀』は多くの伝承を混合して一事跡としている例が少なくないが、

 個々の伝導は事実の記録だからである。

 『登呂遺跡

 『アキレウス


 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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