ブログのタイトル「大学院講義歴史(創世紀)」は、 日本は平成から西暦2019年に元号が令和に御代代わりしました。 また20世紀も20年前に終わりました。 21世紀は日本にとっても私にとっても「黄金の世紀」です。 「黄金の世紀」に向ってそれぞれが邁進しましょう。 第二次世界大戦(日本にとっては大東亜戦争)が終了して75年目を迎えました。 更に2018年は明治維新からは150年になります。 この間の19世紀20世紀の日本の諸外国との政治外交の歴史は 事により未だ不透明な霧に覆われたままであります。 現在、日・中・韓で歴史認識が問題になっていますが それぞれの当時国が真実の歴史は何であるかの認識にたって 真剣に物事を考え、発言しないと言うだけでは問題の解決にはならない。 令和2年4月吉日
2012年9月29日土曜日
ウバイド直系を示す卑弥呼政権の特徴
『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録33:15頁
《ウバイド直系を示す卑弥呼政権の特徴》
「ウバイド直系を示す卑弥呼政権の特徴」
これで、何故?卑弥呼が共立され、彼女の死後、
なぜ?また壹與女王に選ばれたのか?
という疑問に、納得できる的確な答が出た。
それは斉明天皇が退位するまで続いた
倭の名が「ウバイド」そのものだったことで、
十二分に理解できる。
それは太古のウバイド期以来、変えることのできない倭人(ウワイト)の伝統、
『女王による統治』の鉄則があったからなのである。
これを逆にいえば、
倭人がウバイドそのものであった証拠が揃っているということである。
① それは3世紀まで「倭人(ウワイト)」の名をもち続けていたこと。
② 7世紀に斉明天皇が死ぬまで「倭国」を名乗り続けていたこと。
③ 日本と国名を変えた後も、孝謙天皇まで女帝が続いたこと。
④ そのあとも、農漁業国家を維持して、牧畜を避け続けたこと。
⑤ ソナカが牛を殺して食べた村人を罰したことで判るように、
肉食を禁じていたことは
今、
イスラム教徒がブタを食べないことや、
ヒンドウ教徒がウシを神聖視するのと
同じタブーがあった証拠で、
それは農業国家ウバイド時代以来の禁令だったことが解る。
⑥ 卑弥呼の『鬼道』とは
仏教化した優婆畏道(ウバイド)をソナカとの結婚で継承したもの。
⑦ 侍女1000人もウバイドの女性協議攻治の伝統。
遺物→平安才女群や徳川幕府の大奥。
《パーリ語辞典》
「パーリ語辞典」
『参考』
『言語復原史学会:Web』
『言語復原史学会:画像』
『言語復原史学会:画像』
『My ブログ』
古代メソポタミア
歴史徒然
ウワイト(倭人):大学講義録
ウワイト(倭人)大学院講義録
オリエント歴史回廊(遷都)
古代史つれづれ
古代史の画像
ネット歴史塾
古代史ブログ講座
ネット歴史塾
ひねもす徒然なるままに
「終日歴史徒然雑記」
「古代史キーワード検索」
『検索』
GoogleWeb検索
Google画像検索
YahooWeb検索
Yahoo画像検索
翻訳と辞書
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
《参考》
古代時代の考古学の最新発見・発表・研究成果
最新の考古学的発掘の方法
存在価値が問われる我が国の発掘考古学の現状
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿