2012年9月25日火曜日

平和国家の確証=モヘンジョ・ダロ



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏
 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録33:11頁

 《平和国家の確証=モヘンジョ・ダロ
 「平和国家の確証=モヘンジョ・ダロ

 女性国家の特徴は「平和を理想に、政争を避けた」ことである。

 すでに多くの証拠と共に、

 ウルの下水道と完全に同じ設備をもつことで、

 ウバイド人が移住したことの確かな

 インダスの大遺跡・モヘンジョ・ダロは、

 近代的と言えるほど非常に発達した都市文化をもっていた。

 なのに、1000年続いたと見られるその都市は、

 外敵の襲撃に備えた防壁が全くないことが大きな特徴である。

 また住民どうしの、トラブルに備えた護身用小刀以外、

 武器が全く出土しないし、戦争の痕跡も全然ない。

 そこを敵に追い出されたために廃墟なったのなら当然、

 多数の戦死者の遺骨が発掘されるはずだが、それもまた全くない。

 住民は敵と戦うことなく去ったのである。

 モへンジョ・ダロというのは墓地を意味する後世のインド名だが、

 それは遺跡の上に堆積した土の上に営(いと)なまれた後世の墓地の名であり、

 地名なのであって、

 古代のウバイド人の遺跡は、軍隊をもたない平和国家のものだったこと、

 移住は大洪水による被害が原因だったことを物語っている。

 その故郷のウルは全ての遺物によって「女王国」だったと確認されている。

 その伝統は間違いなくインダスでも続き、守られていたのである。

 ではその時代はいっだったのか?。

 濃いウル文化が見られることで明らかなように、

 そこはスメル最盛期のB.C.E.3000年代に畢生して、約1000年続いた。

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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