2012年9月18日火曜日

ウバイドがウワイトになったのはパーリ語圏でのこと



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP
 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録33:4頁

 《ウバイドがウワイトになったのはパーリ語圏でのこと
 「ウバイドがウワイトになったのはパーリ語圏でのこと

 それが日本語を意識して、

 そんな配列にしたのでないことは、

 AIUEOと5つ揃っているのは、

 母音ばかりのア行だけで、

 カ行はKとG、

 サ行はCとJ、

 タ行はTとD、

 ナ行はN、

 ハ行はPとB、

 マ行はM、

 ヤ行はY、

 ラ行はRとL、

 ワ行はVだけで、

 その後にSとHが付け加えられているから、

 これはどう見ても日本語と同じ50音式の配列ではない。

 使う子音もご覧の通り

 サ=C=チャ、

 ハ=P=パといった強い発音の文字が使われている。

 また最後に別物として扱われている

 SとHは、

 お気づきの通り江戸っ子弁や大隈語の特徴と同じで、

 本来のパーリ語ではない他語からの借用語が多く用いられていたために、

 準パーリ語といった意味で、特に末尾につけ加えられたものだと判る。

 しかしカ行以後も子音と母音が組み合わされて

 AIUEO順に配列されているから、

 その全体は、日本語の配列と完全に同じであって、

 パーリ語と日本語が、

 本来は同系統の言語だった事実を強く立証している。

 これが日本語のルーツを知る言語史で、

 どんなに重要な証拠であるか、お解り戴けると思う。

 また上記の子音によって、

 Ⅴをワと発音していた事実も解る。

 ウバイはパーリ語でウワイに変わった史実がわかり、

 中国で「倭」をウワイに当て字したのは

 パ-リ語化以後のことだと判って、

 ウバイド人の移動コースの地理と時代が、

 確実に決定できるのである。

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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