2012年9月10日月曜日

大国人・倭国人・大馬人・馬出た国→生まれた国



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP
 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録32:26頁

 《大国人・倭国人・大馬人・馬出た国→生まれた国
 「大国人・倭国人・大馬人・馬出た国→生まれた国

 ついでだから、

 言語復原史学では『騎馬民族』とはどういう存在になるか?考えておこう。

 古代日本語ならそれは馬人=ウマヒトと呼ぶ。

 それには「大国(ウマ)人」という意味もあるから、

 大=倭で、「倭国人」と書いてもウマヒトである。

 高麗は小馬(こま)、倭国(ウマ)は大馬(うま)で、馬はバの発音があるから、

 倭国(ウマ)人は大馬(うま)人で、これはウバヒト、すなわちウバイドと同じになる。

 アラブ馬が最も美事な馬であることは周知のとおりだが、

 蒙古馬もまた強いことで知られている。

 インドに馬とともに侵入して支配してきたのはアーリヤ人だが、

 アーリヤとはイランということで、イランはウバイドの後だから、

 日本語の倭国(ウマ)人が大馬(うま)人で、それがウバヒト、

 すなわちウバイドなのは、当然すぎるほど当然だったのである。

 なにも4世紀になってから倭国という国と国名が生まれたわけではない。

 こう見てくると、「生まれた」という日本語の語源もわかる。

 南九州語はラ行音をダ行音にしてしまうから「デ」は「レ」になる。

 だから「ウマレタ」は元は「ウマデタ」なのである。

 「馬出た」ところが、

 私が「生まれた」ところだと言うことになると、

 この2語は無関係だと捨てられなくなる。

 倭国(ウマ)と大馬(うま)と大国とは、さらに切り離せない。

 大国主命とは、

 ウバイド王を意味するのはもちろん、

 それ以後、延々と使われてきた支配者名なのである。

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
 『言語復原史学会:画像』

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