ブログのタイトル「大学院講義歴史(創世紀)」は、 日本は平成から西暦2019年に元号が令和に御代代わりしました。 また20世紀も20年前に終わりました。 21世紀は日本にとっても私にとっても「黄金の世紀」です。 「黄金の世紀」に向ってそれぞれが邁進しましょう。 第二次世界大戦(日本にとっては大東亜戦争)が終了して75年目を迎えました。 更に2018年は明治維新からは150年になります。 この間の19世紀20世紀の日本の諸外国との政治外交の歴史は 事により未だ不透明な霧に覆われたままであります。 現在、日・中・韓で歴史認識が問題になっていますが それぞれの当時国が真実の歴史は何であるかの認識にたって 真剣に物事を考え、発言しないと言うだけでは問題の解決にはならない。 令和2年4月吉日
2012年9月10日月曜日
大国人・倭国人・大馬人・馬出た国→生まれた国
『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録32:26頁
《大国人・倭国人・大馬人・馬出た国→生まれた国》
「大国人・倭国人・大馬人・馬出た国→生まれた国」
ついでだから、
言語復原史学では『騎馬民族』とはどういう存在になるか?考えておこう。
古代日本語ならそれは馬人=ウマヒトと呼ぶ。
それには「大国(ウマ)人」という意味もあるから、
大=倭で、「倭国人」と書いてもウマヒトである。
高麗は小馬(こま)、倭国(ウマ)は大馬(うま)で、馬はバの発音があるから、
倭国(ウマ)人は大馬(うま)人で、これはウバヒト、すなわちウバイドと同じになる。
アラブ馬が最も美事な馬であることは周知のとおりだが、
蒙古馬もまた強いことで知られている。
インドに馬とともに侵入して支配してきたのはアーリヤ人だが、
アーリヤとはイランということで、イランはウバイドの後だから、
日本語の倭国(ウマ)人が大馬(うま)人で、それがウバヒト、
すなわちウバイドなのは、当然すぎるほど当然だったのである。
なにも4世紀になってから倭国という国と国名が生まれたわけではない。
こう見てくると、「生まれた」という日本語の語源もわかる。
南九州語はラ行音をダ行音にしてしまうから「デ」は「レ」になる。
だから「ウマレタ」は元は「ウマデタ」なのである。
「馬出た」ところが、
私が「生まれた」ところだと言うことになると、
この2語は無関係だと捨てられなくなる。
倭国(ウマ)と大馬(うま)と大国とは、さらに切り離せない。
大国主命とは、
ウバイド王を意味するのはもちろん、
それ以後、延々と使われてきた支配者名なのである。
『参考』
『言語復原史学会:Web』
『言語復原史学会:画像』
『言語復原史学会:画像』
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