2012年9月22日土曜日

優婆畏は南九州語名、卑弥呼仏教の大勢力を示す遺物



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏
 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録33:8頁

 《優婆畏は南九州語名、卑弥呼仏教の大勢力を示す遺物
 「優婆畏は南九州語名、卑弥呼仏教の大勢力を示す遺物

 これまで常識にしてきた「優婆畏=女性仏教徒」は、

 実は本来のパーリ語ではなく、

 南九州で生まれた訛りが新たな名詞を作りだし、

 それが中国にも拡がって

 『優婆畏・優婆塞』という国際語に育ったものだったのである。

 それは観世音菩薩の名と同じく、

 卑弥呼仏教がアジア全域の仏教界に、

 強い影響力をもっていたことを示す遺物で、

 卑弥呼が南九州にいたからこそ生れた名詞であることを理解させ立証する、

 重要で大きな動かぬ証拠なのだ。

 さらにパーリ語辞典を見ると、

 パーリ語と日本語の、より多くの一致が見つかる。

 upa-saka    ウパーサカ   優婆塞、仏教徒、信士(男女の区別はない)

 upasevati   ウパセワチ   世話する(関西語の世話しい=シイ=せよ)

 upasevana   ウパセワナ   追究  (せばな=古語「せねばならない」)

  upa-hana    ウパーハナ   履物、草履 (ハナが鼻緒(はなお)の語源)

  upakula     ウパクーラ   河原、川岸

 これはウパ(ウバイド)がチグリス河の河原に当たる地勢を

 もった国だったことから生れた名詞で、

 ウパを省略したクーラが沖縄まで河原の意味に用いられ、

 南九州で<ク>が<カ>に訛り<カーラ>になり、

 河原、川原と当て字されて日本語になったことが、

 よく見て取れる。

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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