2011年11月14日月曜日

「下手な脚色」から史実を復元できる実例


 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録22:16頁

 《「下手な脚色」から史実を復元できる実例
 《「下手な脚色」から史実を復元できる実例》 

 天稚彦が死んだ時、下照姫たちは泣き悲しんでいた。

 そこへ阿爾高日子根が現われた。

 すると泣き悲しんでいた遺族が、

 「天推彦が生き返った!」と喜んだ。

 それを風貌がそっくりだったからだと説明するのは思慮が足りない。

 なぜならその前に、天稚彦はツルカルニンと呼ばれていたからである。

 これはアレクサンドロスの好んだ名だった。

 その彼が死んだと嘆いている最中に、

 「アレクサンドロス(阿爾鉏高日子根)が来た!」

 という知らせが飛び込んできたら、

 人々は

 「それでは死んだというのは間違いだったか!」

 と悲しみを喜びに変える。

 この事件の真相は、こういった状況だったのである。

 風貌などがそっくりだったというのではない。

 ところが『記・紀』は、ともに細々(こまごま)とした葬儀の描写をして、

 そこにソナカが横たわっているところへ、

 阿爾鉏高日子根がやって来た話にしてしまっている。

 これでは棺の中の人が起き上がったのを見なければ、

 生き返ったという騒動にはならない。

 下手な脚色がつき過ぎて不合理な物語にしてしまっているが、

 現実には仲哀天皇は戦死して遺体が故郷に届くような状況はありえない。

 だから情報だけが飛び交う中で、

 2人のアレクサンドロスの名が悲喜劇を生んだというのが真実だとわかる。

 史実は、こうして復元できるのである。

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