2011年11月2日水曜日

『記・紀』の実態は過去の文献批判の欠落部分にある


 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録22:4頁

 《『記・紀』の実態は過去の文献批判の欠落部分にある


 では「『日本書紀』とは、こんな文献だ」と、はっきり断定することは、

 そんなに難しいことなのだろうか?。
 
 これまで本講でも、『記・紀』とは、こんな本だという論議を重ねてきた。

 それなのに今になってもまだ、

 こんな問いかけが必要なのは、なぜなのだろう?。

 それは『日本書紀』が編集された時の

 国家事情=倭国が消えて日本になったという大変動。

 それも

 「天智天皇による革命と、

  その政権を倒した天武天皇の逆革命という特殊事情が

  『記・紀』を生んだ」という明確な事実が、

 常識として存在しているからなのである。

 そのために議論は、どうしてもこの新史編纂という「動機」に眼を奪われてしまい、

 誰がいつ、どんな風に、何をもとに、どう作り上げたか、

 といった論議に終始し、

 それによって『日本書紀』なり『古事記』なりを「定義」しようとしてきた。

 しかしそれらは文献の「編集経緯」にしか過ぎない。

 批判し結論を出すべき本体は「文献の記事」でなければならないのに、

 これまでは、

 それに気づかず、本質的な内容分析をした者がいなかったのである。

 だからどんなに編纂者の心理などを掘り下げてみても、

 文献そのものの本質を知り、

 それを断定したり、規定することなどできるはずがない。

 天皇や編集者たちは作者でも著者でもなく、

 単に寄せ集めただけの編集者に過ぎないからである。


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