2011年11月7日月曜日

幾つもあるソナカの別名と、ミマナの語源


 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録22:9頁

 《幾つもあるソナカの別名と、ミマナの語源
 幾つもあるソナカの別名と、ミマナの語源


 ① このソナカヒコは、『崇神天皇紀』の最後の部分=崇神65年に、任那(みまな)国から

   やってきた王子・<ソナカシチ>=<蘇那曷叱智>として出てくる。

   <ソナカ>と<足仲>は同じだから、<シチ>と<ヒコ>の関係を考えると、

   <ヒ>は大隅語で<シ>、<コ>は<木>の字を当て字すると<キ>と読まれ、
 
   大隅語と沖縄語で<キ>は<チ>に変わる。

   <彦>=<ヒコ>と<叱智>=<シチ>は、もともと同じもので、
  
   当て字と発音差が生み出した変化にすぎないから、

   蘇那曷叱智とは、仲哀天皇と全く同じ名をもった人なのである。

 ② この<ソナカ>は次の垂仁天皇2年に、

   「任那へ帰りたい」と請願したという記事がある。   

   そしてその次の項の「一書」には、

   「崇神天皇の御代に、額(ひたい)に角の生えた人が、越の国経由でやってきて、

   「私は意富加羅国の王子・都怒我阿羅斯等(ツヌガアラシト)、別名を

    <于斯岐阿利叱智干岐>(ウシキアリシチカンキ)といいます」と

   名乗って3年いたが、国に帰るというので、垂仁天皇は。
   
   御間城天皇を慕ってきたのだから、帰国したら御間城の名を国名にせよ。

   といって赤い絹を与えた。

   弥摩那(みまな)というのはそのためだ」と書いてある。
   
   このことで<都怒我阿羅斯等>も、

   <于斯岐阿利叱智干岐>も<ソナカ>の別名であり、
   
   <任那>は<意富加羅国>と同じ国だとわかる。

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