2011年4月24日日曜日

「時間帯」を教えてくれる地名変化の原則

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:30頁

 那覇は「ナ」ではないが、

 沖縄語はウチナをウチナーと発音する。

 このナは「国」を意味する国称だから「ナ」なのだが、

 それをナーとひっぱる。

 そこで新井白石が「縄(ナハ)」と当て字したのである。

 那覇も同じことで「覇」には元々特別な意味はない。

 長くひっぱった語尾に、勿体をつけただけのものにすぎない。

 だから港の津をつければナツ。

 福岡の娜津はこの那覇津の人々が移動した先につけられた

 「港湾都市の名」だったのである。

 これは冬夏の縦軸は沖縄本島から夫余までを含んでいるから、

 奄美に南限を置く卑弥呼の五彩圏より後で、

 沖縄を強く意識した時代のものだから、

 沖縄で即位した壹與と位宮の時代に始まっているが、

 その時代には広島はまだ安芸にはなっていない。

 だから、

 壹與時代にはナツとフユという日本語は生まれたが、

 四季圏はまだ生まれていない。

 四季圏は、

 倭(ウワイ)が日向から中国地方に移動して、

 上井(アゲイ)に発音が変わり、

 それに「安芸(アゲイ)」という当て字がつけられたあと、

 「アキ」と読むようになるには相当年月がかかる。

 中国地方を東進した倭人は

 卑弥呼と同じ高句麗系の長寿王=敏達天皇と用明天皇だから、

 その当時はまだウワイと呼ばれていた時代で、

 それがアゲイと発音を変え、

 文字も安芸に変えたあと

 さらに「アキ」と続み変えられるのには、また時間がかかる。

 『ウバイド』
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