2011年4月11日月曜日

卑弥呼の多数の別名と仏教入信と神功皇后だった証明

『ウバイド』
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『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:17頁

卑弥呼が天照大神のピューティヤ・天照大御(女)神として、

地域の人に尊崇されていたとき、

ソナカ皇子(蘇那曷叱智=天日矛=天稚彦=仲哀天皇)に求婚されて、

それを嫌って逃げ出した地域がどこだったか?

それがこれまで不明だったが、

このアガフイの幼名を今に止どめている地名が、

彼女の誕生地とわかっている伊是名島以外で見つかったこと、

しかもその地名が、

伝承に記録されている「赤玉」「明姫」とピッタリ合うことで、

そこが幾つもの伝承が物語る

「運命の出会いの場所」だったことが確認できた。

またソナカがソナカ仏教宣布団の一員として、

我が国に広めようとしてやって来た目的である

「信仰=仏教」に、

彼女が改宗して、

倭(W'ai=ウアイ=優婆畏=女性仏教徒)女王になったことも、

全て作り話の説話ではなく、

現実に起こった史実だったことを証言している。

これが

④ の「卑弥呼と仏教との関係・ソナカとの出会いの証明」である。

ソナカは足仲(ソナカ)、

足仲比古は仲哀天皇だから、

その妻は神功皇后。

卑弥呼は天皇と共に出陣して現実に旧帯方郡までを領土に加え、

息長(ソナカ)・帯(タイ)・姫の名乗りをもっている。

これで、

⑤ の「なぜ彼女が神功皇后か」が、

さらに詳しく確認できたばかりでなく、

『記・紀』その他が書く

「神功皇后伝承」の、

皇后の出発点がどこだったか?

も決定的にわかったのである。

『参考』
歴史学講座『創世』うらわ塾
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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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