2011年4月20日水曜日

「名乗り」はギリシャから来た文化

 『ウバイド』
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 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:26頁

 この名乗りの由来は、

 白鳥の跡を追って出雲または但馬で捕らえ、

 それを皇子に献上した

 「鳥取造の祖」の天の湯河板挙にあると、

 『日本書紀』は垂仁天皇23年10月の小節に書く。

 この人物の板挙という名は「イタアゲル」、

 当て字を変えると「倭・健、ヤマトタケルと同じになる。

 この英雄皇子の陵は3つもあるが皆「白鳥陵」と呼ばれている。

 どうみても倭健と仲哀天皇は蘆髪蒲見別王を含めて同一人物なのである。

 だが湯河板挙は白鳥を追って出雲や但馬まで行っている。

 『古事記』になると姓名も山辺の大鷹(たか)に変わり、

 白鳥を追ったコースも

 木の国から針間、旦波、三野、科野(しなの)、高志などと、

 大変な旅を重ねて捕ったとある。

 これではとても卑弥呼時代の話ではなくなる。

 これは出雲(イズン)は出水(イズン)。

 但馬(タジマ)は種子島(タジマ)と読むと、

 話の原型がわかり、

 奄美から南九州までの、活動範囲に納まる。

 大鷹(たか)という名も

 「大高=大島と高の国」を意味し、少しもおかしくない。

 こうして「名乗り」は素晴らしい働きをしてくれるのである。

 ギリシャにはヘルマプロデイトスという名がある。

 これはヘルメスとアプロディテとの間に生まれた

 オス=男という「名乗り」なのである。

 名乗りと地名の関係は

 アテネとアテナイ、

 ロムルスとローマ、

 アレクサンドロスとアレキサンドリヤなどで

 充分理解できる。

 『参考』
ネット歴史塾
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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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