2011年4月8日金曜日

卑弥呼時代の五彩圏と黄の国の豪華さ

『ウバイド』
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『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:14頁

彼女が無力であった当時は、

たとえ出身地であっても、南海は単なる故郷にすぎず、

直接支配する統治圏の中に入っていなくても不思議はない。

しかし北は高句麓におよぶ大帝国を築きあげた晩年は、

少なくとも彼女が、

かつて領有していた土地を傘下に収めていた可能性は高い。

まず

北から高句麗=黒。

東は大分=オオ=青。

西は平戸=ヒラド=シラコ=白木。と見てくると、

中央はどうしても伊都国のあった佐賀市一帯でなければならない。

今変えられて、なくなってしまっているが、

『倭名類聚鈔』をみると、

『肥前国』の項に「基肄(きい)郡」がある。

ここは他の郡と合併して今では三養基(みやき)郡になっているが、

最後の「基」の字に、その名残を止どめている。

黄色は西日本では「キ」でなく「キイ」と発音するから、

黄の国だった紀州も、わざわざ「紀伊」と書く。

また霧島も地元では「キイシマ」と発音する。

この基肄(きい)も同じで、「キイ」という当て字が、

かつて「黄の国」だったという動かぬ証拠になっているのである。

この郡には姫社(ひめこそ)、山田、長谷、葛木、物部、財部といった

建国史の錚々(そうそう)たる豪族名が並び、

筆頭の姫社は

『記・紀』が比売碁曽・比売語曽・比売許曽と書く卑弥呼の名で、

それと山田は彼女の神宮名でもある。

これで、ここが当時の黄の国だったことは一層動かなくなる。

『参考』
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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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