2011年4月9日土曜日

卑弥呼の記念すべき聖地「芦花部」

『ウバイド』
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『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:15頁

この基肄(きい)が中央だと、

帯方郡使がそこを起点にして、

わざわざ書き加えた

「水行二十日」の投馬国は、

「水行十日・陸行二十日」の邪馬壹国よりも、

はるか南の島だとわかる。

当時の交通事情を考えると、

そんな所に領土をもっていても往来するだけでも大負担で、

決して利益にはならない。

それなのに『魏書倭人章』が、

宗主国の邪馬壹国と並べて特記したのは、

そこが並々ならぬ重要な土地=卑弥呼の聖地だったことを

教えているのである。

ではそこは一体?

何処なのであろう?。

いま奄美大島の首都・名瀬市に

「芦花部」という地名がある。

これが前号のご挨拶の中で「予告」させて戴いた

「たった1つの地名」なのである。

『万葉集』などでご承知のように、

古語の仮名(カナ)として読めば、

芦はア、花はカでアカ=赤。

部はべで「アカベ」、

幼児語の「あかべ!(あかんベー!)」でもある。

伊都国を中心にすれば北の高句麗と似た位置に、

この南の赤がある。

卑弥呼が比売碁曽で阿加流比売(明姫)であることは、

『古事記』が天の日矛のところで書き、

もう私たちには常識だから、

彼女は南の国でピューティヤをしていて、

皇子に見染められて逃げたことは、

周知の事実だといっていい。

この南島地域には他に赤に相当する地名がない。

だからここがその彼女の故郷であり、

最盛期のアカイヤに当たることは、まず間違いない。

『参考』
歴史学講座『創世』うらわ塾
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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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